来 歴


花の名前を借りて


どこかの海では
もとの色あいもわからないほど
どっぷり海の藍に染まっていることば
いつからか空っぽになって
昔の明るい松原をめがけて
泳ぎ着こうとしている水の泡だ私は
いくたびもことばを飲みくだし
次のことばを飲みくだし
輝く春の波にむせかえることばだ
どこかの野井戸では
重石をかけて沈められたことば
痛いとも冷たいとも言わないうちに
縛られた縄目からことばがしみてくる
狭くて長い暗やみに立ちすくんだまま
外の世界と手を結ぶことはむずかしい
水は底の抜けた眩しい空を映し
ことばはのどかな春の水の上へ
とにかく浮上することを望むのだ

どこかの林道では
枯れたままでも積もっていることば
ひび割れを何かの目印のようにして
せいいっぱい威儀を正していることば
声になる前に腐って行くのもある
ことばが形をとりもどすには
それ相応の手順がいるものだ
無数の滅びを養分にして
息づき初めていることばの芽

胸からあふれ出たことばは
まだひとりだちできないでいる
待ちかねたことばは
祭りの賑やかさを言いたてようとして
ありったけの花の名前を借りて
いっせいに口をあけたところだ

原文のまま 「息づき始めている」が「息づき初めている」となっています。

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